プロフィール

松原です

Author:松原です
アラキ工務店で現場監督をしています。
仕事のことや、ちょっと気づいたことなどを綴っています。

最新記事

カテゴリ

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する

最新コメント

最新トラックバック

検索フォーム

カウンター

RSSリンクの表示

アラキ工務店|松のリフォーム
京都の(株)アラキ工務店に勤めています。クロスの張替や便座の取替などちいさなリフォームでも遠慮なくおっしゃってくださいね♪
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

書斎の景色

隣地の植栽を景色に借りた、書斎の工事をしています。

林の中にいるような、京都の街中ではなかなか望めない空間です。

これから、フカフカのカーペットを床に敷き込みます。

IMG_20170211_083831.jpg

(工事前)
IMG_0368.jpg



スポンサーサイト
クスノキの靴箱

弊社の会長が倉庫でストックされていた古いクスノキの板を削って、靴箱をつくりました。

40年以上前に挽かれた板ですが、仕上げ削りをすると、樟脳の強い香りが鼻に入ります。

IMG_20161125_172939.jpg

桧の舞良戸と組み合わせて仕上がりました。

家具屋の小林さんが舞良子に大面をとってくれて、上品な靴箱になりました。

靴箱オイル塗装

町家の基礎工事
IMG_0064.jpg

古い建物では竣工した当時から長い月日を経て、家の前の道路が何度も舗装替えされていくうちに、

玄関の高さが道路の高さより低くなってしまい、悪いときには落ちた雨水が家の方に逆流してしまう状態に陥ります。

あるいはそこまでの逆転は起きなかったとしても、お隣が古い家を建て替えるときには、昔より上がった道路面からさらに

高く建物の足回りを計算してくるので、結果町家の躯体足元は道路からだけでなく、側面境界からも水に悩まされる事になります。


写真のお宅では、お隣の敷地側から雨水がまわって木部が腐り、また玄関の中に水たまりができてしまっていたので、

躯体の荷重をジャッキで受けながら、布基礎を立ち上げて、土台を入れる準備をしています。

アラキ工務店の大工さんたちには慣れた仕事ですが、油断すると建物が崩れかねない危険な側面もあり、

一つずつ手順を踏んで、確実に前に進めていきます。

完成しました

京都駅近くで工事をさせていただいた現場が、お引き渡しを迎えます。

かんせい

最後まで大工の森脇さんが黙々と粘り強く作業してくれる姿に、改めて尊敬の念を強くしました。




看板建築の町家改修
看板建築になっていた町家の改修工事現場、長いこと囲っていた足場を払いました。

今回の建物は角地に建つため、外観の入母屋屋根や壁面が周囲からよく見えます。

もう1か月程、外観のお化粧に時間がかかりますが、事故やトラブルなく足場がとれて、

ひとまず、ホッと一息です。

sa.jpg

工事前

IMAG2211.jpg


2階にはお茶屋のような掃き出しの縁がまわっていた形跡があり、本願寺近くの土地柄、

全国からお参りされた信徒さんの宿所として普請された建物でないかと推測されます。

その後テナントが入り、総二階に増築されて通り柱が切断されていたり、パラペットになった屋根の雨漏りが

シロアリをよんで梁がなくなっていたり、状態の悪さを鑑みると解体されてやむなしと思えた建物でしたが、

近年の簡易宿所ブームで初期投資を回収する見込みが十分あるとして、このような建物を蘇らせたいという要望がでてきます。




構造基礎補強

IMG_0357.jpg

柱・梁の入替、傾いた長屋建ての難しい条件のなか、大工の森脇さんが黙々と作業してくれる姿に、

本当に頭が下がります。

北山杉と名栗
少し前のことになりますが、秋の研修で北山杉と、ちょうなの名栗の体験見学へ行ってきました。

今年の研修

山のゆったりとした時間の流れのなかで、普段からのなじみの材料は、こんな風に生まれてくるんだなと、

ものの由来が感覚的にわかり、とても楽しかったです。


IMG_20160905_145643.jpg

意外に大工さんたちが一生懸命皮むきをしてくれました。さすが職人さんでいったん手を動かしだすと、細部まで丁寧です。

名栗で有名な原田銘木さん、お願いして大工さんもちょうなを振らせてもらっています。

IMG_20160905_135456.jpg

いい勉強になりました。
伊根の舟屋

会社の研修で、舟屋で有名な伊根町へ連れていっていただきました。

IMG_20160904_174500.jpg

穏やかな海のほとりで営まれる素朴な漁村の暮らしの様子は本当に素敵で、

観光地化とは距離をとって、そっとしておいて欲しいというのが、観光業に携わらない地元の方の本音かもしれません、

と宿の方のお話も、なるほどとそうだと思わせられる、良いところです。

メディアやガイドブックでの紹介から想像していたよりもずっと人も少なく、おちついた時間のながれる集落です。


IMG_20160904_154159.jpg

舟屋はなぜ妻入りなのかということを疑問に思っていたのですが、

地元のガイドの方が見せてくださった戦後まもなくの写真や地域の説明から、少し納得できました。

裏山に硬い岩盤の崖が迫っており、山手へ宅地が広がらないため必然的に湾に面した短冊状の敷地に

家々が密集して並ぶことになりますが、舟屋も民家同様、もともと茅葺屋根がかかっていたので、

平入りでは棟が高くなってしまいます。

海風を受けないためには平入りの方が良いのでしょうが、もともと漁具を納める小屋なので、写真のように妻壁は隙間をあけて

茅や板が張られて風が通るようにしているそうです。(舟屋が居住スペースになるのは主に戦後以降とのこと)


建物は通し貫にくさびをうったオーソドックスな伝統木造の構法で、海にむかって1階が間口いっぱいに開放できるよう、

妻面の柱梁接合部に貫が斜めに通してあり、揺れた際にめり込みで耐力を発揮するようになっているのが特徴です。

また大正期までの舟屋は、柱の裾がお寺の鐘楼のように柱を転ばせて組んであり(将棋の駒のようなプロポーション)

さらには浜の傾斜にそって、棟や桁までも山手が高く組まれています。大工さんは墨付けが混乱しそう。


ぶりの大漁で潤った漁村に昭和になって4mの道路を通す時代の要請があり、

それまで1m程度だった母屋との間地に短冊状の敷地を貫く道が敷かれたのですが、

その際に護岸を3m程埋め立て、建てなおされたのが、総2階の舟屋が並ぶ現在の景観だということです。

重要伝統的建造物群保存地区というと、昔からの生活と建物が変わらず続いているという印象を受けがちですが、

舟屋については指定をうけるのが昭和30年までの建物で(母屋などは昭和20年まで)、

戦前戦後の漁村の好況と近代化が統一感のある景観形成の契機になっている点が面白いです。


想定外なこと

古い建物の工事をさせていただいていると、いろいろ想定外のことがあります。

なかでも座敷の床下に防空壕が掘ってあることはしばしばありますが、今回の場合は建物の下に川が流れていました。


IMAG2335.jpg

IMAG2349.jpg

IMAG2351.jpg/>

厳密にいうと、溝があふれるような記録的な大雨や、昔の名残で近隣の方が垂れ流す雑排がわずかに通る程度のようですが、

かつて間地だったところに流れていた川が宅地として取り込まれて、その上に建物が建てられたという経緯のようです。

この界隈は歴史的にも早くから人が棲み付いた地域のようで、そういった歴史的な由来に思いを巡らせつつ、

そうはいっても建物の不動沈下の原因を放置する訳にはいかないので、近隣に倣って排水管を埋設して埋め戻すことになりました。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。